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マンガ家の日記(’02年1月)


日記:1月31日

「ファンタジイカクテル」ネネちゃんのイラスト、ラフ。
「倶楽部PINK COCKTAIL」店内でのスナップといった感じで。



明日は東京で白泉社の新年パーティーがある。
気まぐれに服なぞ買いに出てみる。思えば去年の冬以来外に着て行けるものでは新しい服は一着も買っていない。これを機に少し増やしてみても悪くないだろう。しか残念、し気に入ったものが何もなかった。
明日は靴に至るまで去年とまったく同じ服装で出かけることにする。



「愛人[AI-REN]」#39。
アウトラインのメモをメールでN氏に送る。
N氏、
「これは#38以上に難航しそうですね。まあ、ここから先最後まで、『愛人[AI-REN]』で内容的にもスケジュール的にも楽になることはないとハラはくくっています。」

「愛人[AI-REN]」のスケジュールは現在かなり破綻寸前の状態にある。我々に出来ることは残す回を最後までとにかく生き抜こうとするしかない。←イクルくんかよ。
N氏曰く、
「どれほど厳しくても、『仕方がないから今回は落として(あるいは減ページにして)次回に廻そう』という非常手段は出来ないと思います。落とした時点で力尽きて、もう二度と描けなくなるでしょう。」
自分もそう思う。蜘蛛の糸を綱渡りするような有様であろうとも、サバイバルし続けるしかない。


日記:1月30日

久しぶりに外を歩く。
ようやく散髪をする。もちろん髭も剃る。山にこもって修行していたような面相から文明人に復帰する。
このところ非常にものが見えづらかったのだが、眼鏡屋で測ってもらったら相当に視力が落ちてしまっていた。早速新しい眼鏡を買う。かなりよく見える。



今回の仕事中は、押井守監督の「Avalon」をエンドレスでBGVにしていた。近頃の大のお気に入り。
これまでに、もうすでに繰り返し舐めるように観ているのだが、それでも飽きない。映像、音、言葉、みな美しく刺激に満ちていて観るたびに発見がある。

仕事中のBGVやBGMはダサいものではダメだ。ユルユルのものがそばに在られてはこっちまでヌルくなってしまう。
キース・リチャ―ズが雑誌のインタビューで言っていたことを思い出す。
自分のレコードライブラリーは20年ぐらい前からほとんど変わっていない。流行を追って日頃カスの音楽をを聞いていると、自分が作曲をする時にも無意識のうち悪影響を受ける。自分が日頃耳にするものは慎重に厳選しするようにしている。
と言うようなことだった。
確かに、ロクでもないものを観たり読んだりした後すぐには仕事に戻れなくて苦労することがしばしばある。
いい文章を書けるようになるための方法は、いい文章を大量に読むことしかない、とも言う。

こういう仕事をしている身としては、「時代遅れ」への恐怖から、知らず知らずに人並み以上に世間の流行り廃りに敏感になってしまいがちだ。それゆえに、自分が読むもの、聞くもの、観るものは、日頃から意識して「節制」するように注意するべきかも知れない。


日記:1月29日

「愛人[AI−REN]」#38、脱稿。

今回はひどかった。
セリフひとつ進むごとに、コンテを描き直し、さらに原稿にペンを入れながら全てを描き変えていった。
フキダシひとつ先がまったく見通せない状態になってしまった。いつもは絵コンテの段階でこの状態にケリをつけるのだが、今回は本原稿の時になってもその有様だった。
最終的な形に近いものになったのはリミットの数時間前、話の結末部分をそれまでの絵コンテとまったく違うものにした。
実際に表情やポーズ、背景などを描き込んでいくことによって、ようやく絵コンテでは判らなかった間違いが発見できる。絵コンテを「こうではない」と否定できる。絵を前にすることによって、それまで苦心の絵コンテや構想を、はっきりと「使い物にならん」と放り捨ててしまえる。
その繰り返し。没にするために絵コンテを描いて編集部にFAXするような毎日だった。

自分の場合、作品にどこかに間違いや届かない所があると、それがこの世の終わりのような凄まじい憂鬱なストレスの姿となってのしかかってくる。心の奥でOKの出ないものは描くことが物理的に不可能な状態になる。

24ページ分原稿になった形のもについては、少なくとも今現在は納得している。
今朝(翌朝に書いている)自分の心には何の塞ぎもない。
自分としてはとにもかくにも、現時点でのOKということだろう。



それにしてもこんなことなら、毎日本原稿を4ページずつくらい描けばよかったな。

マンガの構成術は何百ページあろうと、見開きごとに、右上に前ページの結果と次への導入があり、右下にポイントとなる絵やセリフがきて、左上にその見開きのクライマックス、左下には次への引き、となる。
マンガが際限なくスルスル読めてしまうのはこの構成術による。立ち読みで斜めに読み飛ばして大体の流れは掴めるようになっているし、雑誌をパラパラとめくった時にすぐに目立つ絵が読者の眼に飛び込んでくるようになっている。
そして4ページごとに山場がくる。24ページなら、4、8、12、16、20、24にポイントとなる場面がくるように構成する。

何百ページあろうがこの基本は変わらないので、どうせ本原稿で絵コンテを全面的に描き直すくらいなら、毎日4ページ描けば6日でアップしたんじゃないかと。
と、そんなことを考えてみたりもした。(←たぶん収集がまったくつかなくなるからやめておけ)


日記:1月26日

「愛人[AI−REN]」#38。絵コンテを描き直す。


日記:1月25日

「愛人[AI−REN]」#38。絵コンテ後半11ページ以降を全て描き直す。


日記:1月24日

「愛人[AI−REN]」#38。
深夜、絵コンテ改定稿アップ。N氏と相談しながらセリフなどをいくつか修正。これで、ほぼいけるか?
引き続き、作画作業に入る。


日記:1月23日

「愛人[AI−REN]」1巻、増刷とのこと。
素直に嬉しい。



「愛人[AI−REN]」#38。
安直なカタルシスを求めると安っぽくなる。

何とか絵コンテ第一稿。



担当編集者が同じN氏である「藍より青し」の文月晃氏のホームページを覗いてみたら、文月氏も今回ネームに苦労しているようだった。N氏、次号の「ヤングアニマル」はだいじょうぶか!?

ご心配をおかけして、すみません>N氏


日記:1月22日

「愛人[AI−REN]」#38、絵コンテ。
いまだにコンディションがまったく冴えない。
心身ともにぐんにゃりとした「たれパンダ」状態。気ばかり焦るが、自身と作品とがかみ合ってこない。
捕まえたと思っては、手からすり抜けていく。突破口を見つけたと描き進んでは、まるで使い物にならないことに気が付く。初歩的な欠点を何時間もうろうろした挙句にやっと発見する、当然それまでのコマ割りは全部パア。やり直し、やり直し、やり直し。ああ、貴重な森林資源を何とする.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

ともかく、一コマ一コマ、へこたれずに何十回でもトライしてみよう。
天からのひらめきを待つ余裕はない。
その結果が「考えすぎ」と笑われることになったとしても、それでよしとしよう。

カレルレンやキリトの時はもっとひどかった。乗り越えられる。



カレルレンと言えば、彼女はわが家では「ヤマンバ総長」と呼ばれている。
総長はいつもヘンな子分を二人連れて、ブイブイいわせながら国連をシメているようだ。
なかなかのものである。


日記:1月20日

「愛人[AI−REN]」#38。
絵コンテの進捗、スライムの海の中にいるかの如し。
詰め込む情報が多層に渡るために整理するのが難しい。
細かいセリフひとつひとつにいちいち引っかかって前に進まない。


日記:1月17日

有限会社モアのY編集長よりTel。
先日の「オレンジクラブ」のカバーイラスト、編集長的には好評。
「カラフルできれいですね。」
ホッとする。



「愛人[AI−REN]」#38。
担当編集者N氏と深夜にまで及ぶ長時間のミーティング。
その結果、描き方、作品全体の構成を大きく変更する。
夜まで準備してきたものを破棄してまったく新しくやり直すことにした。従来のものではどう工夫しても、あまりにも判りにくく、読者が感情的に追うことが出来ないと判断。
話数構成を見直し、出来るだけストレートで判りやすいものにしていく。全体の内容はまったく同じだが、描き方を全然変えてしまう。掴み所のなかった底なしのものが、突然水が流れ出したようになる。

急に道が開けた思い。
俄然描けるという気になってきた。


日記:1月16日

「愛人[AI−REN]」#38。
手がかりなし。いっこうに描ける気がしない。
こういう時は待つしかない。


日記:1月15日

「愛人[AI−REN]」#38。
担当N氏とミーティング。
描くべきことの方向は決まっているのだが、問題はそれをどうマンガにするか?


日記:1月14日

「オレンジクラブ」カバーイラスト。
今回から他のカラー原稿と同じようにこピック主体の手塗りとなる。

こういうイラストはなんと言ってもわかりやすさが命。とにかく判りやすく。
いきおい、Y編集長のチェックも
「胸をもっともっとうんと大きく。お尻をもっともっと大きく。それでいて腰は細く。」
となる。
第三者が聞けば、あまりに素朴すぎるように思われるかもしれないが、これが結構重要なのだ。
何しろ売上に直接関わってくる一枚だ。
道行く人の目にパッと飛び込むものでなければならない。ダイレクトに訴えかけるものでなければならない。
気取らず、素直で、元気なものなければ、通りすがりの人に手に取ってもらうことはできない。

自分「これぐらいでどうです?」
編集長「いえ、もっと。」
自分「じゃあ、これで。これ以上だとバランスが取りにくくなるんですが。すみません。」
編集長「・・・・一杯、一杯ですか。では、それで。」」

がんばってはいるのだが、自分はなかなか上手くなれない。
今回のも、やはりまだ胸の大きさが不十分ではないかとちょっと反省している。


遅ればせながら、各編集部気付で年賀状をくださった皆様、どうもありがとうございました。
もう何年もずっと年賀状をくださっていて、すっかりおなじみになっている方もいます。嬉しいです。
皆様、今年もどうぞよろしくお願いします。

この日記を読んで、冬コミで購入した「愛人[AI−REN]」の同人誌を送っていただいた、クリスマス・ピポさん。貴重なものを、わざわざどうもありがとうございました。
自分以外の人が描いたあいやイクルの姿やあの世界の風景を見るのは、とても楽しかったです。ニコニコとした気持ちで読ませていただきました。


日記:1月12日

「愛人[AI−REN]」#37。午後6時過ぎにアップ。


日記:1月8日

「愛人[AI−REN]」#37。
あるページの絵、表情、ポーズが決まらず何度かリテイク。結構なロスタイムとなる。
映画の言葉で「順撮り」と言うのがあるが、自分のマンガの描き方は頭から「順描き」。1ページずつ作画を進める。


日記:1月7日

「愛人[AI−REN]」#37。
絵コンテ、アップ。今日より仕事始めになる「ヤングアニマル」編集部にすぐさまFAXする。
N氏の反応は非常によい。
見せ方で一箇所迷っていた部分があったが、N氏が編集者らしい面白いアイデアを出してくれたので、そのやり方に決める。
今回のサブタイトルは北条民雄の小説より引用。(サブタイトルについては、まだ多少の迷いあり)

やっと今日より作画イン。
あとは描くだけ。


日記:1月6日

「愛人[AI−REN]」#37。
この期に及んでもまだ絵コンテが出来ない。出来たかと思うと遠ざかる。
泣きたくなってきた。


日記:1月2日

「愛人[AI−REN]」#37。
絵コンテを頭から全部やり直す。ようやく手応えのあるものに近づいてきた感触を得る。

描いたものを描き直し、それを何度も何度も重ねていってOKのものに近づいていく。
正直、かなり鬱でかなりうんざりする作業だが、天才でもモンスターでもない自分は忍耐するしかない。
描いてみてようやく、これは違うダメだ、ということがはっきり判る。
想像力は否定形の形で発現される。
「こうではない」ものと対峙することによって、想像力は働き始める。

マンガに限らず文学でも音楽でも、死ぬまで「違う」と言い続けられた者が大成する。
なくしてはいけないのは、強情に「違う」と言い続けるスタミナだと思う。

それはそれとして、正月早々だんだんスケジュールがヤバくなってきたな。働け!!働け!!


日記:1月1日

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。



お正月である。
わが家の場合お正月らしいことはほとんど何もしないので、昼食にお雑煮をお祝いした以外は、普段とほとんど変わりはない。



「愛人[AI−REN]」#37。
絵コンテ&ラフ、昨日描いたものを大幅に描き直す。三歩進んで二歩下がるといった塩梅。


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