019 森林は二酸化炭素を吸収しない

植林したての若い森は二酸化炭素(炭酸ガス)を吸収しますが、成熟した森は全体としては成長が止まっているため、当然ながら吸収と排出が釣り合っています。

1)まず、樹木自身も生き物であるため、昼夜を問わず炭素化合物を消費して(呼吸作用)炭酸ガスを排出しますが、昼間は日光を受けて、空気中の炭酸ガス、土中からの水などを使ってをセルロースなどの炭素化合物の合成もします(炭酸同化作用=光合成)ので、森全体として日光が多く当たる昼間は炭素同化作用が優勢で、全体として二酸化炭素を吸収します。
2)樹木から落ちた葉、下草、朽ちた老木などは、微生物の作用により最終的には二酸化炭素にまで分解されます。

3)シベリアなどの寒冷地、水分の多い沼地などでは微生物が十分に分解できないため、どんどん蓄積される場合があります。

したがって、一般の森林では、1)、2)のように二酸化炭素の生成量と分解量がおおむね釣り合っていることになります。

(そうはいっても、二酸化炭素増大を食い止めるためにも、それ以外の良い地球環境を守るためにも、森林を守り、増やすことはきわめて重要なことです。現在、ブラジルに限らず、大量の森林が壊されつつあることなども非常に危機感を持っています。正しい考えに基づいて、何とか森林破壊を食い止め、森林を修復することは緊急の問題です)

現在、オランダのハーグで地球温暖化防止国際会議が開かれています。目覚ましラジオで聴いただけなんですが、日本などの提案が既存の森林による二酸化炭素吸収効果を実績に入れるようにということで、欧州の反発にあっているとか。専門家も加わっているとは思いますが、どんな提案かちょっと心配です。

前の地球温暖化防止京都会議が開かれたときのこと、テレビで若い女性が
「わたしもベランダで、プランターや鉢にいっぱい花や木を植えて、二酸化炭素吸収に貢献しています」
と言っているのを放送していましたが、とんでもない、何も分かっていないなと感じました。
その女性はもちろんですが、そんなことを注釈もなく放映するマスコミ関係者も分かっていません(チェック機構もあるはずなのに)。
もちろん専門家はよく分かっているはずですが、運動家の中には、分かっていないのに発言する人がいるので、時に混乱を引き起こします。既成の森林はもちろん二酸化炭素の吸収と排出がつり合っているはずです。

太古の地球は酸素がなく、二酸化炭素(炭酸ガス、CO2)に取り巻かれた惑星でしたが、何億年もかかって二酸化炭素の炭素分がシアノバクテリアなどの微生物、次いで動植物の働きにより炭酸カルシウム(石灰岩)、炭素(石炭)、炭化水素(石油)、一時的ですが全体として森林などに炭水化物(セルロース)などの形で固定化され、現在は大気中に二酸化炭素が0.03%残った状態で釣り合っています。
ところが近年、この何億年もかかって地下に貯めた固定化炭素(特に石油)を数十年で使い切るような勢いで消費し始めたため、二酸化炭素が極端に増加し、温暖化問題を始めとする危機が迫ってきているのです。
まず森の二酸化炭素収支について考えます。下図(吸:吸収、 放:放出)

  (昼)    酸素       二酸化炭素           酸素    二酸化炭素                   酸素     二酸化炭素
         ↑↑ 放      ↓↓ 吸            ↑ 放     ↓ 吸                      ↓ 吸     ↑ 放
         成長期樹木(幹の体積が増す)→   成熟期樹木(幹体積はあまり増えない)→    最後に枯れて腐る
       ↑ 吸       ↓ 放             ↑ 吸     ↓ 放                      ↑ 吸      ↓ 放
  (夜)    酸素       二酸化炭素           酸素   二酸化炭素                    酸素     二酸化炭素 
木の葉は無視してもかまいません。なぜなら、質量が小さい上に、落ち葉は微生物により分解されて、短期間に二酸化炭素に戻ってしまうからです。ゴルフ場の緑も二酸化炭素収支にはなんの役にも立ちません。
ケナフなども草ですからすべて同じです。大企業も錯覚するのですね(ただし、ケナフは生長が早いため、ケナフを有効利用しながら短期間に土地を繰り返し使用すれば、森林のように成長に時間がかかり、植樹が遅れがちになるよりずっと二酸化炭素削減に貢献するでしょう)。

吸収した炭素の行方を確認しなければ、意味がありません。その植物体を燃やさず、腐らせず木材などの用途に何十年、何百年でも使うなら二酸化炭素吸収に大いに有益と言えます。
最初に述べましたベランダで植物を育てている女性の場合も、なるほど育っている内は(植物の生長のため)二酸化炭素を吸収しますが、最後はゴミに出すなり野に捨てるなりし、結局すべての炭素分は二酸化炭素に戻ってしまいます。
緑を育てる気持ちは非常にいいのですが、効き目のないことを気休めにせず、消極的方法でもいいから、とりあえず効き目のある、物、エネルギーの無駄使いをやめる努力をして欲しいと思います。

では、森はどうでしょうか。長期的に見れば、森は決して二酸化炭素を吸収していません。
森では上の表の成長期、成熟期、最後をすべて含み、二酸化炭素の吸収と放出が釣り合っているのです。

もしそうでなければ、倒れた老木がどんどん地上にたまって行くはずです。実際は朽ちて、すべて二酸化炭素に戻ってしまいます。寒帯地方では過去何億年の枯れた植物が何百メートルも地下に堆積すると言うこともあり得ますが。

それでも森を守り、取り戻すことは豊かな自然を守るためには非常に重要ではあります。
ただ、二酸化炭素吸収に焦点を絞れば、成長した木をどんどん伐採し、そのあとに苗木を植えるのが効果的なのです。
その伐採した木は燃料などにしてしまえばプラスマイナスゼロですが、石油、石炭のように正味プラスよりはましです。燃やさず倉庫に保管すれば、二酸化炭素量は正味マイナスに出来、石油使いすぎの罪滅ぼしになりますが、まさかそんなことは実際には出来ません。

森林は二酸化炭素の貯蔵庫とは言えます。木の幹や根に貯えます。
二酸化炭素に関してだけ言えば、成熟した森を維持することと木造家屋を建てることは、温暖化対策としては同等です(森ほどの期間、量の保存は無理ですが)。

火災が起きれば元の木阿弥なのは森も家屋も同じです。安っぽい、すぐ建て替えねばならない家は問題外です。
旧来の日本の木造家屋を観察していて、長期の(100年とか)耐久性を余り考慮していない設計が多いように思います。素人が考えても、耐震性、水回りの防水性、軽量耐候断熱性屋根など、こうしたら改善できるのにと気づくことがあります。
戦後の住宅難時代の間に合わせの工法や建材の影響が惰性で残っていることもあるのでは。これは見た目だけを追求する建築業者の責任だけでなく、建築基準による法規制が必要です(耐震設計法が一例...これももっと柔軟に拡充して)。
施主の「とにかく安い単価で」という意向は無理に抑えられないため、基準に達しないものは禁止できないまでも、登記に「仮設住宅」などの名称を付すとか、ドラスティックな手段が必要かと考えます。

製紙用(印刷用紙、段ボール箱etc)は、ほとんど最後は二酸化炭素となり大気中に戻ってしまいますので、無駄な使用はひかえたいものです。

プラスチックは埋め立てすれば腐敗もせず、自然が石油、石炭を地下に貯蔵したのと同じく、二酸化炭素を長期に閉じこめることになります。但し、環境破壊につながるので困ります。
つまり、なるべく車を使わない、あるいは燃費によい車、小型車にする、冷暖房を出来るだけ控え目にするなど努力しても、二酸化炭素は増えますから、使った石油相当の埋め合わせ(新たに植林するなど)をし、出来るだけ石油に依存しないエネルギー(自転車、太陽光、風力、原子力発電)を使う努力をする必要があります。

非常に荒っぽい議論をしましたが、これまで述べなかったものにも、深海中に炭酸ガスを液化して閉じこめるとか研究はされていますが、現時点で強調したいのは、

森林を破壊するな一点張りでなく、
「伐採して燃料として、あるいは長期に使う材木として利用すれば、石油、石炭の使用を減らせるだろう、但し伐採すれば、そのあと必ず適切な植林をすること、さらには禿げ山、砂漠などに新たに植林を進める努力をすることが大切だ」


ということです。




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