写真

 

 

 それは、とある妖狐の行動によって始まった。

 

 

 

 
 


 

 

 

 

 移動要塞・百足にて。

 

 珍しく、躯は自室で寝ていなかった。

 理由は簡単。飛影が現在、百足にいないので、寝ていてもひたすらに暇なのである。(幽助との特訓のため、元雷禅国に出張中)

 彼女のパトロール分を勝手に奇淋が肩代わりするので(咎める気はないが)、彼女は毎日、たいへんに暇である。戦いもないし、仕事(パトロール)もないとあっては、暇なだけである。

 そもそも。

 ここ千年、躯の生活とは――歯向かうバカを殺し、苛立ちに誰かを殺し、気に入った奴のスカウトをし、鍛錬し、報告を聞き、貢物を適当に見、人間界に食事に行き、むしゃくしゃすれば魔界の地形を変える。そんなものである。

 さぁて。今週のサザエさん……じゃなかった。今の躯を、現在の状況に照らし合わせると。

 殺し――ダメ。

 スカウト――必要がないし、反逆行為ととられる可能性あり。

 鍛錬――周囲に多大な被害発生の予感。

 報告――たいしてない。

 貢物――たまにあるが、すごく減った。(別にいいが)

 食事――ダメ。そもそも、しなくても困らない。

 魔界の地形変動――ダメ。

 この頃は、飛影をからかったり彼と手合わせをしたりが、生活の中心だ。だが、今、彼はいない。

 つまり、やることがない。

 やることといえば、寝ることと手合わせくらいである。

 

「…………」

 

 だが、寝るのには飽きた今日この頃。

 手合わせも、命知らずな某邪眼師以外は申し込んでこない。こちらから行くと、「オレ、何か失敗しましたか――!? ああっ、直します、直しますから、殺さないで下さい――っっ!!」というような顔をするので、幾分気分が悪くなる。気分が悪いと機嫌が悪くなる。機嫌が悪くなると、ちょっと力加減をミスって、マジで殺しかねない。

 

 つまるところ。

 

 彼女は今、猛烈に暇だが、やることがさっぱりない、という状況なのだ。

 まぁ、やることがあれば暇ではないだろうが。

 

「………………出かけるか?」

 

 自分に問いかけるが、それも気分がのらない。そもそも、どこに行くというのだ?

 大統領府? 仕事を押し付けられるとわかっていて、何故行かなくてはならない。

 黄泉のところ? 冗談だろう、親バカに成り下がった黄泉に、修羅の話をされるだけだ。

 雷禅国? 飛影を追っているようで癪だ。

 人間界? この火傷をどうにかしないと騒がれるだけだ。

 

 結果、魔界の女帝がわずかに苛立ちつつ百足内を歩いている、という現在の状況が発生している。

 

 それを変えたのが、某妖狐だった。

 彼は、彼女の背後から声をかける。

 

「躯」

「何だ?」

 

 気配を殺していなかったので、彼女は蔵馬に気づいていた。自分に用かどうかはわからなかったので、放っておいただけだ。

 そして、声をかけられたので、振り向く。

 と――

 

 パシャ。

 

「「……………………」」

 

 沈黙。

 躯は、元敵国参謀の妖狐が、四角い何かを構えているのと、それから光が発せられたのを見た。

 

「……何だ、それは」

「カメラです」

 

 蔵馬の答えは簡潔だった。

 

「カメラ……? 写真、とかいうのを撮る機械か」

「よくご存知で」

 

 じーぃっという電子音と共に、写真が出てくる。ポラロイドカメラだ。

 

「デジカメでも良かったんですけど、生憎、母が使っていたものですから」

「……オレの写真を撮ってどうするんだ?」

「ちょっと頼まれたので」

 

 にっこりと笑って蔵馬は言った。

 

 

 

 





 

 

 

 

 ピンポーン、と鳴らすと、ドアが開いた。

 

「蔵馬君、いらっしゃい。どうぞ」

「失礼します」

 

 静流に頭を下げてから、蔵馬は桑原家に足を踏み入れる。

 静流はドアを閉めてから、興味深そうな声音で聞いた。

 

「で、どうだった? 写真は撮れた?」

「ええ」

 

 言ってリビングに入ると、女性ばかりがいた。

 

「あ、蔵馬君。久しぶりね」

「そうさねぇ」

「蔵馬さん、こんにちは」

「蔵馬君ー、写真は撮れた?」

 

 上から、螢子、ぼたん、雪菜、温子だ。

 以前、彼女らに躯の話をしたところ、いたく興味をもたれた。まぁ、魔界三竦みの一角で、美人で、加えて飛影の恋人なんていえば、興味を持たない方がおかしいかもしれない(魔界統一トーナメントに来ていたぼたんは、躯を知っていたが)。

 蔵馬は彼女らに、是非とも躯の写真を撮ってきて欲しい、と頼まれたのだ。

 

「写真は撮れましたよ。ついでに、手紙も預かってきました」

 

 ひょい、と取り出すと、ぼたんが興味津々で聞いた。

 

「魔界の紙かい、それ?」

「いいえ。魔界には、人間界の物も結構ありますからね」

「蔵馬君、見せてよ」

「すみません。躯に、オレが読むように言われてるんです」

 

 言って、開く。彼自身、何故自分が読まなくてはならないのかわからないが、読まなければ、後々面倒ごとが生じそうだ。

 

「読みますよ?」

 

『初めまして。正直な話、他人に私的な手紙を書くのは初めてなんで、変だろうが気にしないで欲しい』

 

 手紙は、そんな文句で始まっていた。

 さすが超S級妖怪、と言うべきか、躯は何故か日本語を知っていた。霊界が結界を張ってからは人間界に行けなかったはずなのに。

 もしかしたら飛影の記憶を見たせいか、とも思った蔵馬だが、そもそも飛影は日本語を読めただろうか。読めたような気がする。書くところを見たことはないが。

 

 躯の手紙には、きさくな友人へ当てるようなことが書かれていた。

 その中身が何なのかは、とりあえず彼女のプライバシーを守って非公開にするが。

 

 割と短い手紙を読んだ後、蔵馬は、何故自分が指摘されたかに気づいた。

 折りたたまれた便箋(びんせん)が同封されていたのだ。それに、「飛影と雪菜の関係を知る人物だけに渡せ」と書いてある。

 確かに、これでは、彼女らに公開はできない。事情を知らない螢子と温子以上に、当の本人である雪菜がいるのだ。……まぁ、魔界の文字で書かれているので、人間には読めないだろうが。

 

「静流さん、ぼたん。躯から、二人宛てに、だ」

「へ?」

「私らに?」

 

 渡すと、案の定、温子が首をつっこんできたが、ここで温子に覗かれると蔵馬の命が危ない(かもしれない)。ので、蔵馬はやんわりと彼女の好奇心を逸らさせてもらった。

 その影になって、静流とぼたんが便箋を開く。

 そして紙をひっぱりだし、読み出した。非常に気になるが、下手すると魔界の女帝の機嫌を損ねるので、ここは好奇心を殺そう。

 

「躯さんって、綺麗ね」

「そうですね。この火傷が、少し気になりますけど」

「でも、こーんな美人な恋人がいて、飛影君は幸せ者ねぇ」

「貴女の息子もちゃんと美人な恋人を捕まえているでしょう、温子さん?」

 

 螢子を差しつつ言う。

 

「蔵馬君!」

「まぁね。あの甲斐性なしにしては上出来よねぇ」

「温子さんっ!」

「どうしたんですか、螢子さん?」

 

 雪菜が軽く首を傾げると同時に、部屋の隅で静流とぼたんが爆笑した。

 

「な、何?」

「どーしたの、二人して」

「い、いやさ、こ、これ……!」

 

 笑いすぎで目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら、ぼたんが一枚の写真を差し出す。

 

「あ……」

「これって……」

「あら……暗黒武術会でも、こんな顔してたわよね」

「背が伸びても、寝顔は一緒ですね」

 

 すぅ、と気持ち良さそうに眠る飛影がいた。

 暗黒武術会決勝戦でも、こんな顔をして寝ていた。

 本人に言ったら殺されそうだが――はっきり言って、可愛い寝顔だ。

 

「飛影さん、気持ち良さそうに眠っていますね」

「手合わせの後、例によって例のごとく、冬眠したんでしょうね」

 

 写真を撮った事情説明の後、手紙を書くからちょっと待ってろ、と何日か待たされた。ついでに、カメラも持っていかれた。

 あれには、こういう訳があったのか……。

 魔界の女帝、これで暇は潰れただろうか。

 

「可愛い、とか思っちゃうわよねぇ」

「幽助も、寝てると幼さが前面に出るのよね。男の子ってそんなもん?」

「……オレに聞かれても、さすがに自分の寝顔はそうそう見ませんから……」

 

 見たことがない、のではなく、そうそう見ない、なのだ。彼は幽体離脱が出来るから。

 

「そうでもないんじゃない? カズは寝てても、可愛いなんて思えないよ。むしろ、そのバカ面どうにかしな、って感じで」

 

 実の姉よ、そんなに辛辣に言わずとも……。

 それから飛影の寝顔写真(彼に知られたら抹消されそう)の話で盛り上がった頃、静流が蔵馬の袖を引っ張り、こっそりと告げてきた。

 

「蔵馬君、明日また、来てくれる? 躯さんに渡すものがあるから」

「? いいですけど?」

「ありがとね」

 

 にっこりと笑った彼女は、言うだけ言ってさっさと女性の輪の中に入っていった。

 少し首を傾げ、しかし蔵馬は、まぁいいか、と呟く。女性は敵に回すと怖いのだ。下手に突付かない方がいい。

 

 

 こうして蔵馬は、人間界の友人の身内からの手紙を、魔界の女帝に配達することになった。

 

 

 

 

 






 

 

 

 後日、百足にて。

 

「躯、返信を配達に来ました」

「ご苦労だったな」

 

 尊大だ。さすが、元一国の主。というか、飛影の元上司。

 はい、と渡すと、さっさと開く。そこから紙を取り出し、眼を通して、軽く笑った。

 

「面白い人間だな」

「文通しよう、とでもありましたか?」

 

 ちらりと眼を向けて、躯は軽く笑う。

 

「そうだったなら、お前が配達人だったろうな」

 

 当然ながら、人間界と魔界の間には、郵便というものがない。ポストに「魔界 移動要塞・百足在住 躯さまへ」と書いて投函したって、郵便局員を困らせるだけだ。というか、届かないだろう。

 

「オレには会社があるんですけどね……」

「文通じゃなくて良かったな。『またこんな用事があったら、是非言ってください』だそうだ」

 

 言って、軽く笑う。

 さて、どんな用事だったのだろうか、とは思ったが、好奇心は猫を殺す。自分は狐だが。

 

「それでは、また今度」

「ああ」

 

 さっさと別れた後、蔵馬は。

 

(他の誰に見られても、飛影は雪菜ちゃんにだけは、寝顔写真を見られたくなかっただろうな……)

 

 とだけ、心の中で呟いた。

 

 


  


後書き

 あはは……飛影寝顔ネタ。飛影は出てないけれど。躯が暇つぶしをしています。
 それにしても、かなり久々は幽白……一応、メイン(?)の一つのはずなのに。丸四ヶ月以上ぶりです。うーむ。
 オマケもありますので、そちらもどうぞ。