山笑う


       故郷やどちらを見ても山笑ふ  子規 

 俳句の季語に「山笑ふ」というのがあります。これは「春山淡治(たんや)にして笑ふがごとし」という文章からとったのですが、まこと、木々が芽吹きにかかる春の山は、霞のなかで笑っているようで、駘蕩として心がなごみます。
 
 私たちの祖先は高い山岳ばかりでなく、森や林など、木の生えているところも「山」と呼びました。この「笑う山」は暮らしの近くにあった小山や林で、今でいう里山にあたるものです。朝晩、山を眺めながら、季節の移ろいを実感すると、こういう表現が湧いてくるのでしょう。
 
 春ばかりではありません。俳句には、夏に「山滴(したた)る」「山茂る」、秋に「山粧(よそお)う」「山飾る」、冬には「山眠る」というのがあります。擬人法といいますが、笑ったり、化粧したり、眠ったりする山の四季を、人の動作にたとえたのです。沢山の俳句がこの季語で詠まれています。
 
 では、こういうふうに笑ったり、滴ったり、粧ったり、眠ったり、するのはどんな山でしょうか。明らかに落葉樹の山です。芽が出て若葉、青葉が茂り、紅葉し、落葉して、冬眠に入るのは落葉樹の周期です。しかし、落葉樹ばかりではなく、シイやクスや、それに影をつける常緑樹がそばにあったはずです、俳句の山は、落葉樹に常緑樹が混じった混合林だったと思います。
 
 縄文の昔から、私たちの祖先は森の恩恵を受けて暮らしてきました。燃料や食料だけでなく、生活に必要なものをそこから得てきました。ごく大ざっぱに言うと、西日本で国土が開けたのは、照葉常緑の樹林を伐り開いて、水田や畑、家や部落や道など、生活の基盤を作ってきた過程でした。はじめは焼畑など、原始的な方法でしたが、稲作を維持、拡張するために積極的に森は開かれ、その二次林から、近世になって農耕と生活に必要なものを補給する林(里山)ができました。
 
 『痩せ地となった尾根筋はアカマツ林、裾野に雑木林やヒノキ林、谷筋にスギ林、山裾に草刈り用の輪地、谷の口に溜池、溜池から水田への水路という、里山の風景が出現したのである』 近藤徹著『里山の管理より』

 里山というのは、昭和40年頃から言われるようになった新しい言葉です。しかし里山を調べると、農村が過ごしてきた暮らしの跡が分かります。里山は自然にできたものではありません、作られたものです。しかし、そこにはいろいろな生態系がありました。
 
 常緑のカシ・シイ・マツ・スギ・ヒノキ。落葉のクヌギ・サクラ・ナラ・カシワ。落葉の堆積から芽生える草、それにクリやカキなどの果樹。こういう多数の生態系が山の起伏にあったからこそ、笑ったり、眠ったり、複雑な表情が生まれたのです。スギばかりの山は、春になっても笑いません、冬でも眠りません。人間と共生する森には常緑樹と落葉樹が必要なのです。
 
 いま、花粉ばかり撒き散らしているスギ林に、落葉樹を植えて、半自然林にしようという運動が行われています。スギ林が早く笑う山になってくれたらと願っています。
     
参考文献 民俗誌 「花の匂う」 
       民俗誌 「忘れられた花」

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