卯の花のこと(一)
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- 5月11日の吟行は草木を観察する会にしようということで、箕面の滝道に生えている草木を眺めてきました。
あいにくの雨で、通常、雨の日は一日花(一日で終わってしまう花)が咲かないので、観察は中止するのですが、この俳句会の皆さんは熱心で18名が集まり、文字通り、緑の滴りのなかを歩いて、新緑の香気を浴びてきました。
箕面は楓の木に覆われた谷間で、湿っているので、羊歯類が多く、羊歯が不得手な者にとっては、あまり気が進まぬ所なのですが、それでも季節の花が咲いていて、いろいろな草木が眺められました。
野山に咲く花は、人が眺めるのを当てにせず、種族を残すために咲くのですから、野生の美しさがあり、それが心に訴えてくるのです。滝と紅葉だけでなく、箕面にも季節の花があることがお分かりになったと思います。
- 私は民俗学への関心から植物へ入ったので、人の暮らしや信仰との関係で花を眺めようと考えています。そこで観察に際しても、なるべく草木の民俗や故事に触れるようにしていますが、草を観察する会ですから、どうしても草自体の説明が主体になります。
今回は楓の新緑とヤマフジ・モチツツジ・ジャケツイバラ・ノイバラ・ハクサンハタザオ・ヨツバムグラ・テイカカズラなどを見たのですが、そのなかで、大昔から人の生活と密接にかかわってきたのはやはり卯の花なので、この花について少し補足の説明をしておこうと思います。
旧暦の四月は万物が成長へ向かって動き出す月で、花と人が親しくつき合っていました。野山にはいろいろな花が咲きましたが、卯の花(ウツギ・空木・卯木)がその代表で、これが咲く月なので卯月と呼びました。
折口信夫先生は、卯木は打つ木で、これで作った卯杖(うづえ),卯槌(うづち)
は、土地の精霊を呼び覚ますもので、田の作業を始める時期にこれで土を打って、精霊の目を覚ましたと述べています。また、卯の花腐(くた)しは、この頃降る長雨のことで、卯の花を早く散らさぬようにと願った言葉です。卯の花はこの時期の祭礼に必ず飾られた花で、また、水口花として、田圃に水を入れる水口に挿した花でした。
もう、お分かりになったと思いますが、卯の花は稲作と関係の深い花だったのです。卯月八日というのは、この稲作にとって大切な
日でした。
ある歳時記には「陰暦四月八日、釈迦誕生の日としているが、日本古来の信仰でも大切な日で、山の神の祭日として、天頭花(てんどうばな)・八日花といって、高い竿を立て、その先に藤・躑躅(つつじ)・卯木・石楠花(しゃくなげ)などの花を結びつけ、山の神が帰っていくのを送った」と書いてあります。
山の神が帰っていくというのも大切ですが、田の神が来るという意味のほうがもっと大切なのです。水田耕作を中心にしていた弥生以降のわが国では、田の神は山の神と交代でやってきて、稲作を守ってくれるという信仰がありました。山の神を送るのは田の神を迎えることで、八日がその日だったのです。卯の花はその依り代として咲いた花ですから、天頭花につけたり水口に挿したりしたのです。
しかし、この八日の行事は仏教が盛んになるにつれて意味が薄くなり、釈迦誕生の花祭りになってしまいました。田の神はお釈迦さまに、卯の花は花祭りの花に置き換わっていきました。花祭りは今では新暦で行っていますが、これに詣でるときは、はるか昔、もう一つの花祭りがあって、私たちの祖先が、自然の花と仲良くつき合っていたことを思い出して欲しいのです。
大阪府能勢村の長谷部落では、天頭花の習慣を長く引き継いできましたが、近年は見られなくなりました。まだこれをやっている部落があったら教えてください。
花の匂うへ